第12回~くにたち企業探訪~JCNマイテレビ・マイテレビ㈱ 代表取締役社長 中川 重貴

 

第12回

 

~ くにたち社長探訪 ~

 

JCNマイテレビ

 

 マイテレビ㈱

 

 代表取締役社長 中川 重貴

 

「難視聴地域に対して情報提供していこう!」との理念から、1982年にマイテレビ設立。

多摩5市を網羅したライン工事は8年の歳月を要し、1990年開局。

コミュニティチャンネルとして、

民放が持っていない地域に密着した情報を常に提供し続けている。

情報発信のトップとして走り続ける、中川社長にお話しを伺った。

  

http://www.mytv.co.jp/

 

 

朝から、みぞれ混じりの寒い1日。 

立飛本社ビルの社長室、中川社長は笑顔で迎えて下さった。  

 

  

お客様のお顔をみながら、貢献していく          

             

“地域への情報提供”  “地域の安心・安全情報”

昨年の大震災から、計画停電、交通情報と、

日々当たり前に過ごしていた日常がストップし、停滞を繰り返した。 

 “一体どうなるのだろう”、  “取り敢えず現在は どうなっているのだろう・・・”

足もとが見えない不安と混乱に、しみじみと情報の大切さを痛感した。

そして全国規模の情報ではない、地域情報の重要性を改めて知らされた。

(JCNマイテレビは、立川市・国立市・昭島市・東大和市・武蔵村山市の全域と、

小平市・福生市・国分寺市の一部地域に対応し、地域情報を発信し続けた。)

 

  

中川社長ご自身が、震災時に1番知りたかった情報というのは何でらっしゃいましたか。

  

「私自身、一個人として知りたかったのは、やはり地域の被災情報でした。

各地域で事故はないか、安全の確保はとられているのか。 安心に繋がる情報。

こういうことが知りたかったですね。」

 

マイテレビからの地域密着情報をご覧になった方々の反応はいかがでしたか。

 

「“観てよかった”と言っていただけて、本当に役に立てることに喜びを感じました。

この仕事冥利につきます。」

 

中川社長はずっとケーブルテレビのお仕事をしてらしたのですか。

  

「私はKDDに1975年に入社し、2007年までKDDI情報通信に係わる仕事をしていました。」

(2000年にKDD・DDI・IDOが3社合併した。)

 

 

きっかけは何でらしたのですか。

  

「55歳での役職退職を転機とし、『ケーブルに行かせてくれ』と、自分から言いました。」

 

自ら望まれた理由はなんでらしたのですか。

  

「プロバイダーの世界で仕事をしてきましたが、KDD・KDDIとも大会社ですよね。

大きいが故に、お客様の顔が見えないのです。  ケーブルは地域密着している分、お客様に近い。

肌感覚というのか、そんな接し方のなかに、何か貢献できることがあるんじゃないかと思ったのです。」

 

JCN小田原に2年、社長としてマイテレビに就任してから6月で4年目を迎えられる。

“お客様の顔が見える位置からの貢献”を考えながらの取り組み。

それは、地域の方々に情報を提供したいという根本と、

“人と地域、地域と地域をつなぐケーブルネットワークを築き育てること”で、

「便利で親しみやすい」「先進的だけどほっとする」

暖かなコミュニケーション社会を創出する”という方向性そのままの印象だ。

 

 

 

現場のスタッフの皆さまは、どんな点を大切になさって取材活動をされているのでしょうか。

  

   

「必ず、どんな主旨で取材に行くのかを明確にするということ。 これは絶対です。

取材先の色々な表情をうまく引き出せるように、事前の準備は大切です。

基本的には、スタッフひとりひとりの意欲とセンスに任せています。」

 

 

 

  

  

  

ブレない判断基準をもって経営していくこと

 

中川社長の“座右の銘”がありましたら教えてください。

 

「特にこれだというのは無いのですが、

経営に対しては常に、ブレない判断基準をもって経営に当たるということです。」

「判断基準はこれで行くんだと定めたら、ブレることはありません。

マイテレビの代表として、情報発信に関しては5市平等に情報提供していくことです。」

 

困難なこと乗り越えねばならないこと、沢山の事象がおありかと思います。

そんな時は、どんな心持ちで向き合われますか。

  

「まっいいっか! なんです。

決して無責任な意味ではありません。

まっいいじゃないか!  そこまでいうなら、やってやろう!

必ず乗り切ってやろう!という気持ちになります。」

 

中川社長の男気を感じた。

柔らかい笑顔と、厳しい横顔の両面を垣間見せながら、

人間としての優しさと、ビジネスマンとしての冷徹さを兼ね備えてらっしゃるお姿に、

スリムな身体とは印象の異なる、中川社長の逞しい男らしさを強く感じた。

合従連衡(がっしょうれんこう)の人・・・そんな言葉がうかんだ。

 

ちなみにリラックスされたいときには、どうされますか。

  

「僕は、リラックスしたいときには音楽を聴きます。

特にクラシックが好きで、妻とコンサートホールまで足を運びます。  

生き返るんです!」

 

 

「KDDの頃から、会社を一歩離れたら仕事のことは考えない主義です。

自分を成長させ豊かにする時間をもちながら、これからをどう過ごしていくか。 

人間は登るばかりではない、下山も必要だから。」

 

  

域情報メディアのトップとして日頃から気にしていらっしゃることはありますか?

  

「なんでも吸収していこう!ということですね。

“人間は自分が信じたいと思うものしか信じない。 見たいものしか見ていない”そんなふうに思うんです。 

だからこそ、それを反面教師として気をつけて行かなきゃいけないと。」

 

最後になります。

“ラジオ・街頭テレビの時代”から、“スマホあたりまえの時代”までやってきました。

地域密着という中には、発信ツールを使いきれない視聴者の方もいらっしゃるかと思います。

私がそうだったんですが、モバイルでもビデオでも装置の多い機械を買って使いこなせない。

“シンプルイズベスト”になって、逆行してきた向きもあります。

ごちゃごちゃはイヤ!な私みたいな使い手でも、対応していけますでしょうか。

「うん、そうなんだ! プロバイダーの発信ばかりが優先しているんですよね。

技術オリエンテッドではない、市場オリエンテッドを置き忘れてはいけない。

使い手であるお客様のニーズを常に念頭に置いてこそ、地域情報の姿があります。」

技術オリエンテッド・・・

技術進化ベースの技術者側は、ついぞ市場を置き忘れる感がある。

 

「ブレない」判断基準と、技術オリエンテッドのバランスを取りながら、

“お客様の顔が見える”サービス展開を続けていくマイテレビ。

 

中川社長のもと、各時代ごとに地域住民にとってのベストサービスを

見つけ出し続けてくれることを確信した。

 

若々しい立ち姿。 (個人的ですが・・・格好いい!)

  

 

            

   マイテレビ・スタディオ

 

 

 

 

http://www.mytv.co.jp/index.html

 

 

 

 

 

 

 

編集後記

 

お忙しい中に、本当にありがとうございました。

インタビューさせていただいた社長室から写真撮影に玄関口まで、

軽いフットワークで階段を駆け降りてらっしゃいました。

「バックはこれでいいかな?」と、優しく気軽に対応して下さいました。

  

 

インタビューさせていただく中に

マイテレビの地域貢献に対する役割の大きさを改めて強く感じました。

ありがとうございました。

担当 : Ryuka

 

 

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