パンは香りが命。よい香りの秘密は発酵にあり
パンが醸し出す甘やかな香りは、食卓にしあわせを運んでくれます。
アカリベーカリー店主・高山顕(たかやまあきら)さんがパンづくりでいちばん大切にしているのは香り。それは師と仰ぐ小倉孝樹さん(ムッシュイワン店主/立川市)の教えでもあります。その香りを生む「一次発酵を大切に」は、いつも心がけていることのひとつ。
その発酵。気温や湿度に左右されるものだから、日々調整を必要とするほどに敏感なもの。パンづくりの要だけに軽視できません。
「日々、天気も気温も湿度も変わります。職人の仕事は勘が頼りとよく言われますが、私はデータをとっています。天候、室温、水温、粉の温度などですね。それを参考にして、水の温度や量を加減して、安定した味の維持に努めています」。なるほど、調理は科学ですね。
そして、「パンづくりはいきものを扱うようで、うまくいかないこともある。だからこそ続けていこうという気持ちになります」と語ります。
八百屋さんのようなパン屋になりたい
高山さんが生み出すのは「日々のパン」。飽きることなく食べ続けられる食事パンを、楽しみながら作っていきたいと言います。だから、八百屋さんのように、毎日のように新鮮なパンを買いに来てもらえるのを理想としています。
店頭にはバリエーション豊かなパンが並びます。基本はあくまでもおいしい生地。その上で、フィリングもジャムやクリームも手づくりしているのですから、小さなお店にしあわせの味がぎっしり詰まっているのもむべなるかなですね。
そもそもパン屋さんを目指したのは・・・
静岡県出身の高山さん。小学6年生のときにテレビで観た「魔女の宅急便」のパン屋さんにあこがれて、パン屋さんになることを決意。
子どもの頃から料理が好きだったこともあり、食物課程のある農業高校へと進学します。ここで食物全般について学び、その後、エコール・キュリネール国立(現エコール辻東京)製菓コースに進みます。
「エコールでの1年は、すべてが目新しくて新鮮でした。新しい世界の発見とでも言うんでしょうか。お菓子屋さんやパン屋さんの食べ歩きもずいぶんしました」
調理パン、菓子パンのフィリングなどを全て手づくりできるのは、製菓コースで学び、知識や技術を身につけたおかげと振り返ります。当時の教科書やノートは、基本の確認に今でも役立っているのだそうです。
恩師との出会い
卒業後は、浅草ビューホテルに就職。ここで、当時ベーカリーシェフを務めていた恩師小倉孝樹さんに出会います。
「ビューホテルでは、久しぶりの新人だったせいか、先輩たちにかわいがってもらって、楽しく仕事ができました。あの頃のシェフは遠い存在で、直接教わることはなかなかなかったのですが」
同ホテルでの3年間でひととおりの仕事を覚え、タイユバン・ロブション、ヴィラ・デスト、マンダリンホテルなどのホテルやレストランを経て、小倉さんのお店ムッシュイワンに引き抜かれます。
「学校を卒業して12、3年が過ぎて、いずれは独立ということも視野に入れ始めたころです。独立前にどうしても小倉さんから学びたくて、入社させてもらいました。パンづくり全般にとどまらず、経営面についても、5年間ていねいに教えていただきました。厳しかったですけど、ありがたかったです」
「パンは香りが命だから、香りのあるパンを作れ」
「香りは一次発酵で決まるから、発酵の過程を大切に」
「具材に頼らずおいしい生地を作れ」
「つねに70点をとれ」
小倉さんの言葉の数々は、今もしっかり胸に刻まれています。
オープン祝いにいただいた写真は、アカリベーカリーを見守っています。高山さんにとっては、初心を忘れず精進する気持ちをつねに喚起してくれる大切な1枚なんですね。
開業前の半年間、主夫の経験も
独立のきっかけは「2013年に妻(真由美さん)と結婚したことが大きかった」と破顔一笑。ムッシュイワンのパン教室で講師を務めたときの生徒さんだった真由美さんは、高山さんの独立開業への夢のよき理解者。そして接客を中心となって担っています。
学生時代から、緑豊かな美しい国立の街並みが好きで、お店をやるなら国立と決めていたのですが、これといった物件になかなか出合えず、「半年間主夫をしていました。これが、いい時間だったんですよ」と、振り返ります。
それまでは勉強のためもあって買っていたから、値段のことはさほど気にしていなかったけれど、日々の食事のためと考えると、自ずとかけられる金額が決まってくること、味の強いパンはその瞬間にはおいしくても飽きがくること。そんな消費者サイドの気持ちを実感したのです。だから食べ飽きない味を追求して、価格はなるべく抑えているのです。
いつまでも現役でパンに携わっていたい
そしてここ、国立駅ののわ口を出てすぐのところにお店を構えたのは、2015年12月14日のこと。そのおいしさが評価を得て、すっかり地域に根付いたパン屋さんとなりました。
店内は白壁と木目を生かしたシンプルなデザイン。清潔感と温かみが伝わってきます。さりげなく置かれた「オープンに際して」は、高山さんのパンづくりへの夢と決意とお客さまへのメッセージ。力を合わせて焼いたカステラは、森の仲間たちみんなで食べたらなおなおおいしい。誰もが知っているお話「ぐりとぐら」の本にも、高山さん夫妻のお客さまへの思いが込められています。
「4年目に入って落ち着いてきたというんでしょうか、仕事と生活のリズムがバランスよく調ってきました」
驚いたのは、営業時間の合間に1時間の休憩時間があること(14時~15時)。週休2日(日、月定休)、夏休みは2週間、冬休みも10日間。
「働く人が疲れた顔をしているお店はいやなんですよ。キッチンにこもって仕事だけしていると、息が詰まってしまいます。仕事以外のことも充実している方がいいし、リフレッシュした方がよりよい仕事ができると思うんですよ。だから働く人の環境をよくしていきたいという思いはつねに持っています」。
高山さん自身も旅行や食べ歩きをして「いいものを見るといい発想がわいてくる」と言います。食材の組み合わせはおいしさを、色の組み合わせは美しさを、スパイスはアクセントを与えてくれます。
つねにアイディアを練っているのは、「お客さまが召し上がっている時間がしあわせなひとときであってほしい、身近なちょっとしたことで豊かな気持ちになってもらえたらうれしいなと思いながら、パンを焼いていたい」から。
「これから先もずっと自分の手でパンを焼いていきたいし、もっともっと精度を高めていきたい」。
そう願いながら、高山さんは今日もパンを焼いているのです。
夕暮れ時、おうちに灯りがともるようにあたたかでほんわりと明るいお店を作りたかったという想いは、高山さんの誠実さや穏やかさと重なります。そのお人柄はパンに託されて、今日もお客さまのもとへと運ばれていきます。
- 店舗所在地
- 国立市中1-7-64
- 営業時間
- 10:00~14:00 15:00~19:00
予約可 - 休業日
- 日・月休
- TEL
- 042-505-4263