五智如来像
甲州街道と矢川が交差する橋の北側に、市登録有形文化財のひとつ、五智如来と呼ばれる石造物があります。五智如来は、大日如来を中心として東方の阿しゅく如来、南方の宝生如来、西方の阿弥陀如来、北方の不空成就如来(または釈迦如来)の金剛界五仏の智を開くものですが、その五智如来塔の銘文に、永福寺にまつわる逸話があります。
その昔、立川崖線の湧水から流れだす矢川は川幅も広くゆったりとしていましたが、甲州街道にぶつかるところでは南にかけて深く運河が堀られ、川幅を狭くして橋を架けました。しかし村人たちが架けたこの板橋は大雨のたびに流されてしまい、見かねた永福寺の第四世渕山源公和尚が私財を投じて石橋に架け替え、村人から大いに感謝されたということです。
1699年(元禄12年)和尚は亡くなりましたが、60年後の1760年(宝暦10年)、壊れた橋の修復をきっかけとして、渕山和尚の業績をたたえて五智如来が建立されました。さらに90年後の1850年(嘉永3年)には再び石橋がつくられ、このときには矢川橋のほとりに、より堅牢で安全であるようにと石橋供養塔も建立され、今に至っています。
【取材・執筆】 田中えり子
【写真】 くにたち総合ポータルサイト事業協議会
【参考】 『あおぞら』(国立の自然と文化を守る会発行)
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- 国立市谷保6792-1